特別寄稿コラム
私たちはなぜ、「動くチラシ」を配り続けてしまうのか?
── デジタルメディア社会の未曾有と、言葉の空洞化
現代の中小企業や個人事業主を取り巻くビジネス環境において、「動画での発信」はもはや避けては通れない必須の課題であるかのように語られています。
「これからは動画の時代だ」「毎日SNSを更新しなければ認知されない」という言葉に背中を押され(あるいは煽られ)、多くの経営者が、日々の過酷な現場作業の合間を縫って、深夜まで動画編集やSNSの更新に追われています。
最新の市場調査に目を向けると、小規模企業の半数以上が「専門知識や人材の不足」に悩み、実際にWEBでの発信を行っている企業の6割以上が「時間と労力を費やしているにもかかわらず、全く成果を実感できていない」という、残酷なデータが報告されています。
なぜ、誰もが手軽に世界へ向けて発信できる便利な時代になったにもかかわらず、これほど多くの「伝わらない苦悩」が生まれてしまうのでしょうか。私たちは今、デジタルメディアがもたらした、ある「未曾有の構造的病理」の渦中にいるのかもしれません。
1. 映像の進化ではなく、単なる「ポスティングのデジタル移行」という現実
多くの新規動画事業者やSNSコンサルタントは、最新の編集技術やアルゴリズムの攻略法(ノウハウ)を説きます。しかし、昨今の動画ブームの本質は、文化的な表現の進化などではありません。
かつて紙のチラシを各家庭のポストに投函していた「ポスティング」という極めて古典的な広告手法が、スマート画面の中へと場所を移し、「動くチラシの強制ポスティング合戦」へと姿を変えただけ、という冷酷な側面があります。
Instagramのタイムラインや動画プラットフォームを開けば、「今なら初回◯%オフ!」「最新の機材を導入!」といった、文字がチカチカと動き、派手なBGMがついたデジタルチラシが、毎日何百本もユーザーの脳内に向かって無差別に放り込まれています。
ここで立ち止まって、一人の「受け手(買い手)」としての自分自身の胸の内に問いかけてみてほしいのです。スマホをスクロールしながら、心の中で「もう、売り込みのチラシは見飽きた」とうんざりしてはいないでしょうか。
かつてポストに溢れかえる紙のチラシを見ずにゴミ箱へ捨てていたように、現代のスマホ世代は、過剰に編集された「売り込みの気配」を一瞬で見抜き、親指一つで画面の彼方へとスワイプ(スキップ)しています。どれだけ時間と体力を削って動画を作っても、それが「ポスティングチラシ」の枠組みを出ない限り、買い手の心には届かない。これが、多くの経営者が突きつけられている、現代メディア社会の構造的なバグ(罠)なのです。
2. 誰も責任を負わない焼け野原で、本当に置いてきぼりにされたもの
PR市場の飽和に伴い、参入障壁の低くなった動画市場には、多くの新規事業者がなだれ込みました。彼らは仕事欲しさに「安価に動画チラシを作ります」と価格競争を繰り返し、結果として、誰も儲からない、誰も見ない動画だけが乱造される「知的な焦土(焼け野原)」を作り上げました。
しかし、ここで強調しなければならないのは、流行に煽られ、藁にも縋る思いで動画に挑戦した個人事業主や小規模企業の経営者には、何の責任もないということです。彼らは、市場の過密化とプラットフォームのシステムが作り出した「ポスティング競争」の、最大の被害者であると言えます。
「編集ソフト(CapCutやPremiereなど)を覚えなければいけない」「テロップやBGMを綺麗に入れなければいけない」そうした下流の作業論(技術の習得)に必死に手を伸ばすあまり、私たちは、表現において最も大切な「何を、どのような順番で、誰に届けるべきなのか」という、人間の生身の言葉の重み(上流の設計)を、どこかに置き忘れてきてはいないでしょうか。
3. 信頼のネットワークという、もう一つの流れる水脈
インターネットという巨大な大衆(マス)に向けて「動くチラシ」を配り続けることだけが、本当にこれからの時代の生き残り戦略なのでしょうか。私たちが商売を営む上で、最も強固で、最も有り難いお客様との出会いとは、本来どのようなものだったか。それは、自社の商品やサービスに深く感動してくださった既存の常連客(ファン)が、目の前の大切な友人や家族に対して、「このお店、本当に凄く良いから一度行ってみて!」と、熱を込めて語ってくれる「人から人への紹介(信頼のネットワーク)」であったはずです。
スマホしか見ない世代と言われる現代において、情報の流通経路は確かにデジタル(LINEやSNSのDM)に置き換わりました。しかし、そこで交わされる人間の心理は、昔と何も変わっていません。もし、常連客が誰かにあなたのお店を紹介しようとしたその瞬間に、スマホの画面越しに手渡せる「あなたの本当の姿」がそこにあったら、何が起きるでしょうか。
それは、価格の安さをアピールする動くチラシ(広告)ではありません。無駄なBGMも、過剰なテロップによる演出も一切ない、経営者自身が「なぜ、自分がこの仕事を命がけでやっているのか」という、生身の目と声で語る30秒の存在理由(ドキュメンタリー)です。それを見た人は、それを「売り込み」とは受け取らないでしょう。紹介してくれた友人の言葉に嘘がないことを、画面の中の経営者の「真剣な表情」から直感的に感じ取るはずです。
