特別寄稿コラム(7)

特別寄稿コラム

アルゴリズムでは動かない「人間の心」
── SNSマーケティング動画と社内教育映像の、決定的な境界線

現代のビジネスシーンにおいて、「動画」という言葉はあまりにも一括りにされすぎている傾向があります。多くの企業が、「これからは動画の時代だ」「SNSのアルゴリズムに対応して認知を広げなければ生き残れない」という強烈なトレンドに直面しています。

それに伴い、データを駆使して24時間体制でプラットフォームの仕様変更を分析し、再生回数やクリック率を叩き出すIT関連事業者が、WEBマーケティング市場を排他的に牽引しているのが、現代の冷酷な事実です。不特定多数(マス)への認知を広げるダイレクトマーケティングの領域において、彼らのデータ分析力とスピードは圧倒的であり、そこは彼らの確固たる専門領域であると言えます。

しかし、ここで多くの企業、特に人事・教育部門の担当者様が陥りがちな「構造的な盲点」があります。それは、「SNSで数字を回すための動画のロジック」を、そのまま「社内の人間を動かすための教育動画」に持ち込んでしまう、という罠です。

なぜ、データ上は完璧で、見た目も非常に洗練された研修動画を上映しても、社員の心には1ミリの爪痕も残らず、現場の行動が変わらないという「形骸化」が起きてしまうのか。認知を目的とした「マーケティング動画(外向けの映像)」と、意識の変容を目的とした「社内教育動画(内向けの映像)」の間に横たわる、決して超えられない境界線を紐解きます。

1. データが支配する「確率」と、人間の感情が動く「心理」の違い

IT関連事業者が得意とするSNSマーケティング動画の本質は、「確率のハック」です。短時間で効率よく素材を量産し、市場に投下しながら、滞在時間や離脱率といった数字をシステム分析し、アルゴリズムの波に最適化させていきます。彼らが扱うのは、映像の深みではなく、システムの中を流れる「無機質なデータ」なのです。

しかし、社内教育や研修動画が扱う領域は、それとは180度真逆の性質を持っています。研修の目的は、アクセス数を稼ぐことではなく、「現場での人間関係の修復、事故の防止、ハラスメントの根絶、離職の防止」といった、社員一人ひとりの『行動変容』だからです。

ハラスメントをしてはいけない、安全第一で作業しよう、という正論(知識)は、現場の社員は全員、最初から知っています。知っているのに、なぜ現場で事故や摩擦が起きるのか。それは、人間の脳が「正論(ロジック)」を一方的に流し込まれると、無意識に「自分は大丈夫だ」「関係ない」と防衛本能(シャットダウン)を働かせてしまうからです。

24時間のデータ分析やA/Bテストをどれだけ繰り返したところで、冷え切った社員の心を揺さぶり、自発的な行動変容を起こすことはできません。アルゴリズムという移り変わりの激しい「認知のロジック」は、人間の感情が動くドロドロとしたリアルな「組織の課題」には、1ミリも通用しないのです。

2. 「上流は自社でできる」という、もう一つの盲点

現在、スマートな企業(人事・教育部門)ほど、動画の「内製化」と「外注」の境界線をシビアに引き終えています。日常の業務マニュアルやシステムの操作説明といった「知識のインプット」は、自社のチャンネルで、AIツールを使って安価に内製で作る。これはコストの観点からも大正解です。

しかし、この内製化の普及に伴い、日本の中小・中堅企業において、ある「知財軽視の病理」が頭をもたげています。「高度なシナリオ設計や教育視点の大切さは分かった。だからこそ、それは外部に頼まず、自社の優秀な社員にタダでやらせるべきだ」という、企画やアイデアの無形資産を軽視する風潮です。

一見すると、これは正しい社内リソースの活用に見えます。しかし、ここに現代の組織が陥る最大の落とし穴があります。組織の内部にいる社員が研修動画のシナリオを書こうとすると、どれだけ優秀な人材であっても、構造的に「社内政治のフィルター」がかかります。役員の顔色を窺い、自社の綺麗な部分だけを並べ、現場の理不尽な本音を隠した「最大公約数の教科書的な正論動画」しか書けなくなるのです。

ハラスメントや事故を防ぐために必要なのは、綺麗事ではありません。人間のドロドロした葛藤や、現場の「痛みの歴史」をあえて生々しく描き出す、客観的な演出論です。これは、社内リソースをどれだけ投入しても絶対に手に入らない、完全なる特殊職人の領域(知財)です。

3. 企業が「自分たちには絶対にできない」と認める、5つのプロの職能

設計図のない建築が必ず崩壊するように、この上流の設計図(脚本)を内製という名の独学で済ませ、下流の動画制作(撮影・編集)だけに何百万円も投資することは、結果として教育投資の「空洞化」を招きます。企業が「自社では絶対に再現できない」と認め、本物のプロの経験値を求めているのが、以下の5つの領域(上流工程)です。

  • 1. 高度な制作設計・シナリオ設計:何を、どのような順番で、誰に届けるべきかの緻密な大枠の図面。
  • 2. 多角的なチームでのブレーンワーキング:組織の病理や現場の葛藤を多角的な視点からあぶり出す脳の力。
  • 3. 出演者のコーディネート・キャスティング:大人の人間関係を調整し、リアルな心理描写を表現できるプロの演技力の確保。
  • 4. ドラマやドキュメンタリーの演出:圧倒的な「時間」と「経験値」の集大成でしか成し得ない、人間の本質を描く表現論。
  • 5. 教育手法(インストラクショナルデザイン)を入れた動画制作:行動科学に基づき、受講生自らに「気づかせる」ための科学的な仕掛け。

実際、いま企業の採用の現場などでも、綺麗に作り込まれたPR動画より、あえてほとんど編集をしていない「社員の短い生のインタビュー動画」の方が、スマホ世代の若者の心を捉えて応募が急増するという現象が起きています。飾られていない「生身の真実」だからこそ、受け手はそれを「売り込み(広告)」とは受け取らず、画面の中の先輩社員や経営者の「真剣な表情」から直感的に信頼を感じ取るのです。

結び:結論を出すのは、組織の未来を担うあなた自身である

認知のハックやSNSのデータ分析は、それを専門とするIT企業へ任せればいい。しかし、御社の最も大切な「社員の教育」や「理念の浸透」という、組織の心臓部にまで、あの無機質なデータ動画のロジックを持ち込んで、形骸化させてはいないでしょうか。

動画の「見た目を綺麗に整えるだけの作業」に予算を投じ続けるのか、あるいは企業が自社では絶対にできないと認めた「上流の5つの知性」に対して、組織を本気で変えるための投資を行うのか。その結論を出し、自らのビジネスや組織の未来を選択するのは、誰の言葉でもなく、毎日現場の最前線で組織の綻びに頭を抱えている経営者、そして人事担当者、あなた自身です。

私たちは、移り変わるアルゴリズムを追うことはしません。システムがどれだけ進化しても1ミリも変わらない「人間の心(感情のメカニズム)」という最も強固な地盤の上に立ち、あなたの組織を本物の成功へと導く、確かなブレイン(伴走者)であり続けます。

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