特別寄稿コラム
デジタルが破壊した「編集の本質」と、
教育映像市場に広がった『焼け野原』の正体
現代の動画制作市場において、「これからは社内教育や研修動画の需要が伸びる」「教育市場を狙え」といった安易な言葉が飛び交っています。それに伴い、完成した映像に対して「ここを直して」「やっぱりこうして」と、日常茶飯事のように修正を繰り返す光景が当たり前になりました。
クライアントにとっては「デジタルだからいつでも直せる」「費用がかからないから便利だ」という最適解に見えるかもしれません。
しかし、企業の研修動画の現場に30年立ち続けるプロとして、私たちはこの現状に強い危機感を抱いています。なぜなら、今の日本の教育映像市場は、流行りに乗って参入してきた個人事業者たちと、デジタルの利便性に甘えた企業の勘違いによって、完全に「レッドオーシャン」と化しているからです。
今の若手担当者や、PC1台で参入してきた新参クリエイターたちの多くがまったく知らない、かつて日本の映像を支えていた「アナログ編集時代」の命がけの裏舞台、そしてこの市場の残酷な構造的病理をここに明かします。
1. 「後から修正」などあり得なかった、テープ・トゥ・テープの一発勝負
かつて、映像の編集はPCの画面上ではなく、「ポストプロダクション」と呼ばれる、莫大な費用がかかる専用の編集室で行われていました。アナログのテープからテープへと映像をダビングしながら繋いでいく時代です。
そこでは、朝から深夜まで、プロデューサー、ディレクター、そしてクライアントの担当者が全員で編集室にこもり、一コマ(30分の1秒)ずつ膝を突き合わせて作業を行っていました。
当時は、一度テープにダビングしてしまえば、「後から修正する」など物理的にも予算的にも難しい時代でした。だからこそ、そこには現代の動画制作には一切存在しない、凄まじい「覚悟と緊張感」がありました。
クライアントの担当者も「ここで間違えたら後がない」と知っていたため、画面の一瞬の乱れやセリフ1行に対しても、命がけで必死にチェックをしました。自分に判断がつかなければ、その場から上司や専門家に直接連絡を取り、確認を仰ぐほど、誰もが真剣そのものでした。
そしてディレクターとクライアントは、撮影から編集にいたるすべてのプロセスを通じて、「どうすればもっとこの作品が良くなるか」「どうすれば現場の人間に伝わるか」と、互いに必死にアイディアを出し合い、ぶつかり合いながら、全員の熱量で「現場OK(完成)」の瞬間を創り上げていたのです。
しかし、PCによるデジタル編集が普及したことで、その本物の職人たちがいたポストプロダクションは次々と姿を消していきました。いつでも直せる、費用がかからないデジタルは、クライアントにとって「作ってから直せばいい」という最高の利便性をもたらしたように見えました。しかし、引き換えに失ったものは、あまりにも大きすぎました。「いつでも直せる」という安心感は、発注側からも受注側からも、「最初の打合せや、1本のカットに命をかける緊張感(上流工程の重み)」を完全に奪い去ってしまったのです。
2. 大手代理店すら避けたニッチ市場へ、新参な「個人」が群がった結果
このデジタル化による「上流工程(設計)の形骸化」のタイミングと重なるようにして、もう一つの悲劇が起きました。テレビCMや派手なPR動画の市場が飽和し、行き場を失った個人クリエイターや新規の動画事業者が、大挙して「企業の教育・研修動画」という領域へ目をつけ、群がり始めたのです。
彼らは浅はかにも、こう勘違いしました。「教育映像なんて、PR動画みたいな派手な演出もいらないから簡単で手間がかからない。量(案件)もあるはずだ」と。
断言します。それは完全な大間違いです。元々、映像制作全体の市場規模からすれば、教育研修の市場規模は極めてわずか(マイナー)な領域です。おまけに、テレビCMのような巨額の広告予算がつくわけもなく、ものすごく低価格。だからこそ、あの海千山千の「大手広告代理店」でさえ、コストパフォーマンスが合わないと判断し、最初からまともに手を出さなかった特殊でニッチな市場なのです。
そんな構造すらリサーチせず、ビジネスの素養(軸)もない個人クリエイターたちが仕事欲しさになだれ込み、安値を競い合った結果、何が起きたか。企業側にも「動画なんて素人でも安く作れるんだ」という致命的な勘違いが生まれ、自社で素材を撮影する「内製化」へと一気に走るようになりました。
3. 下流に残された「受けてびっくり低価格」と無限修正のレッドオーシャン
企業が内製化を進めた結果、私たちのような専門業者に回ってくる発注の多くが、「撮影は社内で行ったので、あとは時間がかかる面倒なカット編集やテロップ入れ(下流工程)だけを、安価にやってほしい」という、最も手間と人件費が嵩む作業の外注へと変化していきました。
経験の浅い個人事業者は、その案件を「受けてびっくり」の超低価格で引き受けます。しかし、彼らを待ち受けるのは、本当の地獄です。アナログ時代のような「一発で決める覚悟」も、現場の空気感を掴む「取材力」も、人間の心理を動かす「上流の演出論」もないまま、ただ「後からPCで直せばいい」と安易なデータを切り貼りした動画。
そんな魂の宿らない映像を実際の研修現場に持ちんでも、受講生の集中力は続かず、行動変容は起きません。完成品を見た現場の責任者や研修講師から、「これでは意味がない」「このニュアンスは違う」と、予算は出ないまま『終わりのない修正の無限ループ』が巻き起こります。時給換算すれば数十円にしかならない過酷な労働と重圧に潰され、若いクリエイターたちは絶望して消えていく。これを知らない新参者が生み出した結果が、今の教育映像市場の「レッドーオーシャン」の正体です。
