特別寄稿コラム第15弾:第3章
数字は「信頼」を証明できるのか ── アルゴリズム時代に私たちが見失ってはならないもの
デジタル社会では、多くのものが「数字」として見えるようになりました。動画の再生回数、SNSの「いいね」、フォロワー数、インプレッション、検索順位。企業活動においても、それらは情報発信の成果を測る重要な指標として活用されています。
数字を分析し、改善につなげることは決して悪いことではありません。むしろ、データを活用することで、より多くの人へ必要な情報を届けられるようになったことは、デジタル社会がもたらした大きな成果の一つです。しかし、私たちは一つの問いを忘れてはならないのではないでしょうか。「その数字は、本当に『信頼』を表しているのでしょうか。」
多くの人に見られた情報が、必ずしも正しいとは限りません。多くの人が共感した情報が、必ずしも十分な根拠に基づいているとは限りません。そして、多くの人が拡散した情報が、必ずしも社会にとって望ましい結果をもたらすとも限りません。
情報が短時間で広がる現在の環境では、事実確認よりも拡散の速度が先行する場面も少なくありません。その結果、誤った情報が広く共有され、後から訂正されても、最初に広まった印象だけが人々の記憶に残ってしまうことがあります。これは、特定のメディアだけの問題ではありません。テレビも、新聞も、インターネットも、SNSも、AIも、それぞれに優れた特性があり、それぞれに課題があります。大切なのは、どの媒体を利用するかではなく、情報を発信する側も受け取る側も、「本当に信頼できる情報とは何か」を問い続ける姿勢ではないでしょうか。
私たちは、企業の教育映像やコンプライアンス教材を制作する中で、常に「分かりやすさ」と「正確さ」の両立を求められてきました。分かりやすく伝えることは重要です。しかし、分かりやすさだけを優先し、事実を単純化しすぎれば、本来伝えるべき本質を見失ってしまうことがあります。逆に、正確さだけを追い求めれば、今度は誰にも伝わらないものになってしまいます。この二つの間で最適な表現を探し続けることこそが、私たちの仕事であり、情報発信に携わる者の責任であると考えています。
